CONCEPT

セブ島の歴史 セブ島の歴史

スペイン統治以前のセブは「スグブ(Sugbu)」または「スブ(Zubu)」と呼ばれ、中国、タイ、東インド諸島、アラビアの王国の商人が訪れる貿易港でした。
1521年4月7日、探検家フェルナディナンド・マジェランがセブに上陸。
土地の支配者フマボン王は喜んでマジェランを迎え、ファナ女王とともにキリスト教に改宗。その臣下400人もこれに従いました。
マジェランはこれを記念し、十字架を建て、ファナ女王にサント・ニーニョ(幼きキリスト像)を贈りました。その後、マジェランはマクタン島の首長ラプラプと戦い、亡くなりましたが、1565年4月28日にはレガスピとウルダネタがスペイン軍を率いて来島。
移民を開始し、フィリピン初の教会「バシリカ・ミレノ・デル・サント・ニーニョ」初の学校「サン・カルロス大学」と初の通り「コロン・ストリート」等を建設。

セブは以後6年間、フィリピンの首都でした。
1898年、米西戦争の後、アメリカの統治下にある間にインフラストラクチャーが整えられ、貿易の中心地として発展。
太平洋戦争中は日本の主要な基地となり、特にアントゥアンガとババグの丘ではアメリカの激しい爆撃にさらされました。
11946年、真の独立後はマニラと共に発展を続け、今日では世界有数のビーチリゾートとして多くの人々でにぎわっています。

年表 年表

1521年 ポルトガル人フェルナディナンド・マジェランは世界一周の航海後、セブ島に到着。
同乗していた修道が、カトリック教布教を始めフィリピンで最初の布教地となる。
1569年 フィリピンに成立した最初のスペイン入植地となる。
1898年 スペインから独立宣言をするが、1899年パリ条約によりアメリカ合衆国の再植民地となる。
1901年 行政町(municipality)に昇格
1916年 米国議会はジョーンズ法でフィリピンに自治を認める。
1934年 米国議会はタイディングス・マクダフィー法で十年後の完全独立を認め、フィリピン議会もこれを承諾しフィリピン自治領になる。
1937年 行政市(chartered city)に昇格
1916年 米国議会はジョーンズ法でフィリピンに自治を認める。
1942年 日本軍がセブ島に上陸する。
1945年 日本の敗戦に伴い、アメリカ軍が上陸する。
1946年 独立。
1986年 マルコス政権が長く続いたが(20年間)、民衆の不満がありマルコス政権は崩壊する。
2008年現在 グロリア・マカパガル・アロヨが大統領として政治を収める。
2010年5月 マルコス独裁政権を倒した故コラソン・アキノ元大統領の長男、ベニグノ・アキノ三世上院議員が 第15代フィリピン共和国大統領へ就任する。